推し垢での出来事

“推し変するのでこのアカウントは消去します。今までありがとうございました!”

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このようなリプをいただいたことがある。

“感想の文章がおもしろかったのでフォローさせていただきます”と私に興味を持っていただいて相互フォローとなったアカウントさんからだった。

とはいえ、私の推し垢スタンスは壁打ちのようなもので、公式をRT・いいねしたり、作品や掲載雑誌をタグつけて褒めるぐらい。同じ推しを持つ方々とコミュニケーションを取ることはなかった。

せっかくフォローしていただいたのにそんなスタンスであることを申し訳なく感じ、普段どのようなコミュニケーションをとっているのかアカウントを覗いたこともある。その方がフォロワーと積極的にコミュニケーションしているならば、自分もリプ飛ばしてちょっと距離詰めてもいいかなと思ったのだ。

結論から言うと、その方も積極的コミュニケーションをとるタイプではなかった。推しの露出が多い時期にも低浮上。ちょっとほっとした。当時推しヲタ界隈では#繋がりたいタグが流行し、その結果、ヲタの群れが形成されていった。そして学級会がたびたび開催されるようになりフォロワーの多い大手の発言が数の力で正義になるという、ありがちな息苦しさを感じていた。その方は学級会に言及せず推しの活躍だけツイート。私もそうありたいと推し活への意識を変えるきっかけにもなった。

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その後もつかず離れずの相互フォロー状態は続いた…のだが、冒頭のリプが来た。話を聞けば、推しの後輩に気持ちが移りそちらに熱量を注ぎたいとのこと。

“いままでありがとうございました!”

数回リプをやりとりした数日後、その方のアカウントは消えた。お互いコミュニケーションを熱心に取り合う仲ではなかったけれど寂しい気持ちはかなりあった。今まで出会ったことのないヲタコミュニケーションを図る方で魅力的だったから。でもそんな近しい仲ではないので最後のリプも形式的なあいさつにつとめた。スパッとお別れ宣言されたらこちらも心をピシッとして手を振りたい。

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きっぱりと推し変を宣言し、あいさつ回りを済ませ、未練残すことなく去る。そういう推し変、推し活もある。あっていいのよね。

短い間しかもリアルで顔を合わせたこともない、同じ推しを推していたというだけのどこかの誰かの記憶がいまも私のなかで鮮明に残っている。

もう数年前の話だ。

いまもお元気だろうか。すこやかに推し活されていることを願うばかりです。